無麻酔で歯石を取るのはお勧めしません。絶対に。

今回も歯のお話しです。
いまだに多くの飼い主様から、
「歯石取るのが重要なのは分かったけど、全身麻酔かけないとダメなんですか?」
というご質問をよくお受けします。

結論から申し上げると、
「無麻酔で歯石を取るのはお勧めしません。絶対に。」
です。

前回、動物の歯が健康や寿命に与える影響について書かせてもらいました。

今、すでに歯石がビッチリ付着していて、歯の周囲で炎症を起こしているのであれば、早期の麻酔下での歯科処置をお勧めいたします。
もし、まだそれほど歯石も付いていないのであれば、今がチャンスです。歯みがきや、デンタルガムなど、お家で日々のデンタルケアをがんばってください。

犬猫の歯科処置には全身麻酔が必須の理由

なぜ動物の歯科処置は全身麻酔をかけて行わなければならないのか。
これにはちゃーんとした理由があります。

まず道具ですが、これは私たちが好んで使用している超音波スケーラーです。少ない力で頑固に付着した歯石を除去することができます。歯周ポケットの中に詰まった歯垢を掻き出すこともできます。ただ先端が尖っているので、たいへん危ないです。歯の周囲で炎症を起こしている時なら、触られるのにも痛みを伴います。動物に痛みを与えないように、動物が怖い思いをしなくて済むように、全身麻酔が必要なのです。

他にも、口の中全体をしっかりと観察できたり、奥歯や歯の内側の細かい箇所をしっかりキレイにできますし、気管挿管することで喉に歯石や汚れた水が入っていかないようにできるのも、全身麻酔ならではのメリットです。

これだけの良いことが得られる「メリット」と、
麻酔のリスクの「デメリット」を天秤にかけた上で、
メリットが少しでも上回る状況であれば私は歯科処置をお勧めしています。

リスク「デメリット」は事前にキチンと麻酔前検査を行い、
正しく麻酔管理をしてあげられれば、最小にすることができます。

無麻酔での歯石取りによる被害は日本小動物歯科研究会においても憂慮されており、その行為は否定されています。またアメリカ獣医歯科学会においても、無麻酔でのスケーリングがいかに危険で不適切な行為であるかが説明されています。

動物の歯のスペシャリスト達が、公式に声明を発しているのは異常事態です。ただごとではありません。ぜひ大事な家族の一員であるペットを愛する飼い主様達には、正しい知識を持ってもらい、後悔のない選択をして頂きたいと願っています。

全身麻酔は命がけ!?

私が二次診療施設の腫瘍科で勤務していた時のことです。動物のがん治療のために放射線治療をすることがあります。その際には毎回、全身麻酔が必要になります。治療のスケジュールにもよりますが週に3回、合計12回も、全身麻酔をかけることも少なくありませんでした。

全身麻酔を週3回で12回も!? と驚かれるかもしれません。
ましてや健康な犬猫ではなく、主に高齢のがん患者さん達です。

それでもほとんどの子が、治療スケジュールを完走していかれます。途中の体調不良や麻酔の不安定を理由に放射線治療が中断になったことはほとんどありませんでした。近年の動物麻酔の安全性がいかに高いかがよく分かりますね。

あと私が胃カメラ、内視鏡を受けたときのことをお話ししましょう。人によっては覚醒した状態で、口から、もしくは鼻から内視鏡を挿入するのですが、私の場合は鎮静剤を使った検査でした。寝ている間に終わってしまったので「鼻がムズムズする」というような苦痛も全くなかったです。
(むしろ、よく眠れて気持ちよかった、くらいの感想でした)

内視鏡を口から入れたのか、鼻から入れたのかさえも分かりませんでした。帰り道、動物の歯科処置もこうであるべきだなと思ったことを覚えています。

せっかく最近の獣医療では少ないリスクで全身麻酔ができるようになっているのですから、これを上手に利用して、安全で精神的ストレスの少ない歯科処置をやってあげられればこんなに良いことはないと思います。

大切な家族の一員のために・・・

それでも、もし麻酔をかけずに歯の処置がやってもらえるのなら、多少お金がかかってもやってもらいたい! という飼い主様の心の声があるのは事実です。そして、そういうサービスを標榜している施設があることも事実です。

麻酔薬、鎮静薬を一切使わずに、動物が自ら喜んで口を開けて、じっとしてくれる・・・。そんな魔法のような方法を私が知らないだけかもしれませんので、否定はしません。少なくとも私はそのような特殊技術は持ち合わせておりません。

ただ、他の施設で無麻酔で歯石除去を行ったあとに、
「どういうわけか股関節を脱臼してしまった」
「下痢と嘔吐が数日間止まらずに苦しんだ」
「飼い主さんがワンちゃんの口に手を近づけただけで唸って噛みつくようになってしまった」
このような経験をする子がいるのはなぜなのでしょうか。

歯の処置をするために、股関節を脱臼させるくらい力強く押さえなくてはならないのでしょうか?
ストレス性の胃腸炎で入院するくらい、精神的な苦痛を伴うのでしょうか?
飼い主さんとの信頼関係が壊れるくらい、人間不信になるような行為を治療と呼んで良いのでしょうか?
・・・治療という名を称した虐待が行われていないことを切に願います。

私は自分の飼っている動物にも、大切な患者さんたちにも、安全な低ストレスでの全身麻酔下で、歯周ポケットレベルでのスケーリングを行うことを絶対にお勧めいたします。

上記の理由で私たちは、無麻酔で歯石を取ることはお勧めしません。絶対に。