当院の全身麻酔に対する考え方

麻酔からきちんと覚めてくれるんだろうか、
こんなに小さな体なのに麻酔に耐えられるんだろうか、
麻酔をかけたあとから具合が悪くなってしまったらどうしよう。

全身麻酔ってちょっと怖いなって思われるかもしれません。きっと色々なご心配があると思います。そして、そういった悪いことが実際に起こってしまう可能性(リスク)があるのは紛れもない事実です。ただ、それでも私たち獣医師は患者動物の状況により麻酔をかけることを選択し、麻酔をかけることを飼い主様にお勧めすることがあります。

ここでは動物の全身麻酔、特に小動物、犬や猫にかける麻酔について、当院の考え方をお伝えさせて頂きます。

麻酔をかけてでもやったほうが良いことがあるから

まず大前提として、全身麻酔なんてしない方がいいです。小動物における麻酔関連死、つまり全身麻酔そのものが直接的な死因になってしまったという確率は、犬で0.1〜0.2%、猫では0.2〜0.3%と言われます。

もちろん、このデータの中には厳しい状態での生死をかけた緊急手術や、脳外科や心臓外科などのハイリスクな手術も含まれているため、私たちのような町の動物病院で日常的に行っている手術の麻酔よりも死亡率は高く計算されているものとは思います。ただいずれにしても全身麻酔が命に関わるリスクを持っていることは事実です。

このような危険性があることを知りつつ敢えて麻酔をかけることを選択するのは、麻酔をかけてでもやってあげた方がその子のためになることがあるからです。つまり、麻酔のデメリットを上回る、何かしらのメリットがあると確信しているからです。

それは避妊手術や去勢手術であったり、歯石を取って歯周病を治療するスケーリングであったりします。麻酔をかけることは確かにリスクです。ただ、そのリスクが十分に少なく、麻酔中にやってあげられる検査や処置、手術によって得られる利益が明らかに大きい場合には、やってあげた方が良いと考えます。

リスクを受け入れる決断をしてもらう必要はありますが、麻酔で眠っている間にしかできないような検査を行うことで病気の治療方針が決まるかもしれません。歯周病の治療ができるかもしれませんし、手術で病気を治せるかもしれません。いずれも、麻酔で眠ってもらうことで初めて実施してあげられることなのです。

では、麻酔のリスクを少なくするためにできることは

当院では全身麻酔のリスクを少なくするために積極的に取り組んでいることがあります。

  1. 麻酔前には必ず検査を行います
  2. 定期的な麻酔カンファレンスを実施します
  3. チーム一丸となって麻酔管理に取り組みます
  4. 痛みを伴う手術では積極的に鎮痛をします

これらの取り組みを介して、当院ではより安全な麻酔を目指しています。大切な家族の一員であるペットを安心してお任せ頂けるように、患者ご家族の見えないところではありますが日々研鑽をして参ります。

麻酔前検査の重要性

全身麻酔にリスクが伴うのは避けられません。ただ、そのリスクはできる限り下げることが可能です。たとえば、私たちは交差点を渡るとき、左右を確認して車が来ていないことを確認してから渡りますよね。もしこのとき、目をつぶって交差点に飛び出したらどうでしょうか? 運が良ければ何事もなく向こう側へ渡り切ることができるでしょう。でも、もし偶然、そのタイミングで車が来ていたらどうでしょうか。「そのとき偶然、運が悪かっただけ」で済ませられることでしょうか? 最悪、命を落とすような大事故につながりかねません。事前にきちんと左右を見て、車が来ていないことを確認すればそのリスクの大部分は回避できたのではないでしょうか?

麻酔をかける前に全身の確認をしましょう

先の例で言えば、事前に適切な検査をしないでいきなり麻酔薬を投与するというのは目をつぶって交差点に飛び出す行為に近いと言えます。麻酔薬を入れたら心臓が止まってしまったとか、手術は終わったけれど麻酔から覚めなかった、そんなことになってしまったら一体何のために麻酔をかけたのでしょう。

生きものの体は複雑なもので、外から見る限りはまったく健康そうに見えていても、検査をすることで初めて分かることがたくさんあります。実際に2007年の報告では、7歳以上の犬101頭に麻酔前に検査を行ったところ、30頭に新たな疾患が発見され、さらに13頭は麻酔中止となったとされています。

もし本来麻酔中止とすべき動物に、適切な検査をせずに麻酔をかけてしまった場合、そのリスクの高さは大変なものであることは容易に想像されます。

当院の麻酔前検査

当院では全身麻酔をかける前に血液検査、胸部のX線検査、心電図検査を実施しています。もちろん動物の状態や性格、これから行う手術や処置の内容によって変更はありますが、これらを事前に適切に実施することで麻酔のリスクを可能な限り少なくします。

血液検査では内臓器の評価をします。具体的には肝臓、腎臓、タンパク、電解質バランス、貧血の有無などを調べます。たとえば、実際に麻酔をかけるには色々な薬剤を使用します。その中には肝臓で代謝する薬や腎臓から排泄する薬があります。これら内臓器の数値を確認することで、きちんと薬剤を代謝排泄できるかを見ていきます。

胸のX線検査では心臓や呼吸器の評価をします。心臓が動くこと(循環)と息をする(換気)というのは動物が生きる上では当たり前のことなのですが、麻酔中にはその当たり前のことができなくなることがあるからです。実際には麻酔薬はその種類により心拍や血圧を下げたり、呼吸にブレーキをかける効果があります。それら麻酔薬に体が十分に耐えられるかを見ておく必要があります。

心電図検査では心臓に関する様々な情報を得ることができるのですが、最大の目的は不整脈の検出・診断です。もし不整脈があったとしても、ごく軽度で特に問題のないレベルなのか、抗不整脈薬により乗り越えられるタイプの不整脈なのか、それとも命に関わる重篤な不整脈で麻酔をかけると危ないタイプのものなのかを調べることができます。

これらの検査を通して、実際に麻酔をかける前に麻酔リスクが十分に低いことを確認し、また麻酔中にはその患者さんにはどういったことを注意するべきなのかという作戦を立てます。安全に麻酔にかかってもらって、当たり前のように覚めてもらうために、私たちは全身麻酔の前に麻酔前検査を行っています。

定期的な麻酔カンファレンスを行っています

当院ではより良い麻酔方法を実現するために、外部講師を交えた定期的な麻酔カンファレンスを行っています。カンファレンスでは獣医師のみならず、動物看護師も参加し、チームのレベルアップを目指しています。

麻酔カンファレンスとは?

カンファレンスとは会議などの意味でも使われますが、当院の麻酔カンファレンスでは過去の麻酔症例を見直して、良かったところや改善点を考えるディスカッションを行ったり、新しくより良い麻酔方法を学んだりする勉強会を行っています。

カンファレンスには外部講師も立ち会います

当院の麻酔科顧問には、一般社団法人日本動物麻酔科医協会代表理事ならびにVAS(小動物麻酔鎮静サポート)代表でいらっしゃいます長濱正太郎先生をお招きしています。長濱先生は、大学病院や高度医療二次診療施設などで、様々な困難な症例の手術麻酔を施術される傍ら、全国の動物病院を訪問し獣医師やスタッフに向けての麻酔の講習を行うなど、様々な活動をされていらっしゃいます。
私たちの病院では麻酔カンファレンスに同席され、また実際の当院での手術麻酔を見てもらったり、当院の獣医師や看護師のトレーニングをして頂いています。

またカンファレンスには人間の医療の麻酔科医師(麻酔専門医)をアドバイザーとしてお招きしています。これは人間の麻酔ではどのようにしているのか、どう考えるのかを知ることで、私たちの行っている動物麻酔をもっと良くするヒントが得られるからです。もちろん人間と犬猫では動物種が違い、ベストな方法も変わってくるのですが、それでも遙かに進んでいる人間医療の先端知識を私たち動物医療者が学ぶことはとても意義のあることだと考えています。

カンファレンスの成果

これまで行ってきたカンファレンスで、当院の麻酔も進化を遂げてきています。

・手術の侵襲度により麻薬性オピオイド(鎮痛剤)を使用し、より痛みの少ない手術を実現
・手術部位によっては局所麻酔を併用し、全身投与麻酔薬の減薬を実現
・安全な麻酔導入/覚醒への手技の見直し
・犬と猫での麻酔プロトコルの使い分け
・ラリンジアルマスク(声帯上気道確保器具)による気管内挿管困難症例への対応
・術後ICU管理による速やかな回復

 (2017年10月現在)

このように当院ではカンファレンスを通じ、最新の麻酔法を習得してチームのスキルアップを行い、動物たちにより良い麻酔を実現していきます。